昔の牛乳は62〜63度の低温20〜30分消毒する低温殺菌が当たり前でした。
今、日本で市販されている牛乳は
そのほとんどが120度以上の高温で殺菌されています。
中には135度なんていうとんでもないものまであります。
昔、牛は放牧されてその辺の草を食べていました。
現在は狭いところに詰め込まれ、
エサも輸入されたものや農薬で汚染されたものが多くなっています。
食べたものは当然お乳にも影響するため
(牛の体の抵抗力が落ちるため)お乳の中の細菌が多くなり、
従来の方法では殺菌しきれないため高温処理が編み出されました。
成分自体は低温であろうが高温であろうが変わりませんが
牛乳のメリットといわれているカルシウムは
高温で殺菌されると構造が変化し、体内で吸収されなくなります。
牛乳は低温殺菌の物を嗜好品としていただくことをお勧めします。


日本人は牛乳を消化できない
牛乳は遊牧民族がお肉では補えないカルシウムを摂取するために飲んでいました。
彼らは牛とともに代々暮らしてきたため
牛乳に多く含まれる乳糖を体内で分解できる酵素(ラクターゼ)を大人になっても持ています。
ですが、わたしたち日本人の多くはもともとは農耕民族で
牛乳を飲む習慣がありませんでした。
乳糖は母乳にも多く含まれるため
生まれてから暫くは分解できますが
2歳から4歳くらいの間にラクターゼはなくなってしまいます。
牛乳を飲むとおなかを下す人は
このラクターゼがないために「乳糖不耐症」になっているのです。
彼らは牛とともに代々暮らしてきたため
牛乳に多く含まれる乳糖を体内で分解できる酵素(ラクターゼ)を大人になっても持ています。
ですが、わたしたち日本人の多くはもともとは農耕民族で
牛乳を飲む習慣がありませんでした。
乳糖は母乳にも多く含まれるため
生まれてから暫くは分解できますが
2歳から4歳くらいの間にラクターゼはなくなってしまいます。
牛乳を飲むとおなかを下す人は
このラクターゼがないために「乳糖不耐症」になっているのです。
タグ:牛乳
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牛乳が普及された背景
牛乳といえばやっぱり学校給食。
この給食が普及に大きく関わっています。
学校給食が一般化されたのは昭和22年。
アメリカ軍からの脱脂粉乳と小麦の援助が始まりでした。
昭和29年に学校給食法が制定され
「完全学校給食とはパンとミルクとおかずで出来たものである」
と規定されました。
この背景には、アメリカ国内で余っていた脱脂粉乳と小麦を
日本に普及・浸透させて、
輸出国として長期的に確保する戦略があったんです。
さらには昭和20年代から30年代にかけて
国をあげての脱脂粉乳普及運動が高まり、
あらゆる食べ物に脱脂粉乳を使おうと盛んに呼びかけだしました。
このころから「牛乳は完全栄養食品」というイメージが
一般に広まりました。
この給食が普及に大きく関わっています。
学校給食が一般化されたのは昭和22年。
アメリカ軍からの脱脂粉乳と小麦の援助が始まりでした。
昭和29年に学校給食法が制定され
「完全学校給食とはパンとミルクとおかずで出来たものである」
と規定されました。
この背景には、アメリカ国内で余っていた脱脂粉乳と小麦を
日本に普及・浸透させて、
輸出国として長期的に確保する戦略があったんです。
さらには昭和20年代から30年代にかけて
国をあげての脱脂粉乳普及運動が高まり、
あらゆる食べ物に脱脂粉乳を使おうと盛んに呼びかけだしました。
このころから「牛乳は完全栄養食品」というイメージが
一般に広まりました。
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